大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成元年(行ツ)27号 判決

東京都港区南青山五丁目一番一〇号

南青山第一マンション一一〇五号

上告人

中松義郎

右訴訟代理人弁護士

本間崇

吉澤敬夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 吉田文毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行ケ)第一五三号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一一月二二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人本間崇、同吉澤敬夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

(平成元年(行ツ)第二七号 上告人 中松義郎)

上告代理人本間崇、同吉澤敬夫の上告理由

上告理由第一点 原判決には上告人(原審原告)が明らかに争った事実につき自白があったものと認定した手続違反の法令違背があり、それが原判決に影響を及ぼしたことが明らかである。

(一)、原判決は、理由中で「以上の通りであるから、審決の、本願発明と引用例記載のものとの一致点の認定及び相違点に対する判断に誤りはなく、本願発明は引用例記載のものから当業者が容易に発明することができたとする審決の結論は、正当である。」と結論するに当り、次のとおり認定して右の結論を導く根拠としている。

「引用例記載のジャケットに用いられた熔着法は、引用例をみる限りでは、それが高周波熔着法であるか否か明らかではないが、成立に争いない乙第一号証によれば、塩化ビニルやポリエチレンなどの熱加塑性プラスチック・シートの溶接には、高周波加熱が適しており多量生産に向いていることは、本件出願当時公知の事項であったものと認められるから、引用例記載のジャケットの熔着も、高周波熔着法によって行われているとみることはごく自然であって、原告もこの点は争わないところである。」(原判決18丁裏)

(二)、しかしながら、「引用例記載のジャケットの熔着も高周波熔着法によって行われている」と認定することには原告は原審において、終始一貫争っている。このことは次の箇処を見れば明らかである。

(1)訴状8頁の注三「審決理由中の『舌部に形成されている凹部が熔着部分であること』の記載を否認する。」

(2)訴状11頁の〈3〉「審決で『凹部が熔着部分であることは明らか』とあるが、写真のみからなぜ熔着と断定出来るのか。断定不可能であり断定は誤りである。」

(3)訴状18頁「以上から、この引用例は全く信用出来ず、ましてこの溝状の線が熔着とは断定出来ない(単なる黒い線である。)」

(4)昭和六三年三月五日付原告の追加証拠説明書に次の記載がある。

「これに加え本件発明の要件であるジャケットの折返し部分に熔着と認められる凹みが全く認められない。即ち先ず縦の熔着線については甲第八号証の三のジャケットの右端及び甲第七号証の二及び三のジャケット右端には鉛筆又は細いマーカーで描いた妙に黒い不規則のギザギザの線があり、どうみても熔着線でない。」

(5)昭和六三年四月二八日付原告第一準備書面に次の記載がある。

(イ)「(被告の昭和六三年四月四日付準備書面(第一回)の一の(一)において)『また、上記帯状の凹部がジャケットを封着した時の熔着跡を示すものであることはきわめて明らかなことである。』とあるが、帯状の凹部が、熔着跡と、写真から断定するのは不可能であり誤りである。」(同書面2頁~3頁)

(ロ)「同準備書面一(四)、一(五)には……『(五)引用例記載のディスケットの右側の線状の黒い部分は、舌部上に位置しており、これを熔着跡とみるのになんら不合理な点はない。』とあるが……『熔着』の断定は誤りである。」(同書面4頁~5頁)

(ハ)「同準備書面の一(五)において……とあるが……〈3〉『凹部が熔着部分』は写真から熔着部分との断定は全くできぬ。……〈5〉『を熔着し』とあるが写真より確認できない。……〈7〉『部分的に熔着し』は写真から確認できない。」(同書面5頁~7頁)

(6)昭和六三年九月二九日付原告第二準備書面に次の記載がある。

「乙第一号証は『一般的な』高周波熔着法の説明資料であって、本件発明のディスクの両側に特定位置に熔着する本件発明についての思想も記述も図面もなく、本発明が出願前公知である証拠とはならない。」

(三)、原判決は、本願発明と引用例との相違点につき審決は袋状の物を高周波熔着法によって封入する場合、被収納物に影響を与えないようにすることは極めて当然のことと認められると判断していると述べた上、その判断を支持して「本願発明における上側折返し舌部の熔着箇所の選択に格別の創意を要するとは到底認められない。してみると、本願発明と引用例記載のものとの相違点は容易になし得る設計変更にすぎないとした審決の判断にも誤りはない。」と結論している。(原判決18丁表~19丁裏)

右の認定は、前記(一)で引用した原判決の手続違反の認定(引用例記載のジャケットの熔着も、高周波熔着法によって行われていることは原告も争わないところであるとの認定。原告は(二)で述べたとおりこの点を争っており自白していないのに自白があったものと取扱った点で手続違反である。)を前提としてなされたものであるから右手続違反が判決の結論に影響を及ぼしたことは明らかである。

上告理由第二点 原判決には、経験則に反した認定に基づく採証法則違反及び審理不尽の違法があり、これらの法令違反が原判決の結論に影響を及ぼしたことが明らかである。

(一)、原判決はその理由中で「本願発明と引用例記載のものとの一致点の認定及び相違点に対する判断に誤りはなく本願発明は引用例記載のものから当業者が容易に発明することができたとする審決の結論は正当である。」と結論するに当り、引用例につき次のとおり認定している。

「2 一方、成立に争いない乙第二号証によれば、引用例は、操作者がフロッピーディスク(ディスケット)を装置に差し込む状態を写した写真であって、右ディスケットのジャケットの上側及び左側、右側の各周縁には、折返しと推認される部分が認められ、さらに右折返しと推認される各部分の内側に、その端縁に平行して黒線が断続的に存在することが認められる。

なお、原告は、引用例を拡大撮影した写真であることに争いのない甲第七号証の二ないし四に基づいて、引用例は鉛筆で修正されたもので、引用例とするに不適のものであると主張する。しかしながら、前掲乙第二号証を子細に検討しても、それが鉛筆等によって修正されているとは認められないから、原告の右主張は採用できない。」(原判決13丁裏~14丁表)

(二)、原判決の引用例に対する前記の認定は、健全な吾人の視覚によって覚知することができる限界を越えた非常識な認定である。

(1) 引用例が刊行された当時、フロッピーディスク(ディスケット)のジャケットの種類としては、いろいろなタイプのものが出廻っていた。先ずジャケットの材質としては、プラスチックシートのほかにアルミが用いられたこともあり、プラスチックでも堅くて厚いものが用いられたり薄いものばかりではなかった。アルミの場合は勿論のこと堅いプラスチックが用いられる場合は二枚重ねて熔着することは困難であり、接着剤を用いて張り合わせることが行われたが、接着剤が使用中にハミ出してディスクをいためるなどの欠点があった。

また、ジャケットの構造としては、四角いシートを二枚張り合わせた構造のものが一般的であり、その場合は、ノリシロに当る周囲の部分に接着剤をつけて張り合わせていた。(本願発明のように一枚のシートを折り曲げて加工するタイプのものは、薄くて可撓性のあるプラスチックシートが出現してから出廻るに至ったものであり、このタイプのものでも舌部を広くとっているのは、接着剤を用いていた時代の名残りでもある。)

また二枚張り合わせる方式としてもいろいろあり、いわゆる額縁方式の張り合わせもあった。これは、大きさの異る二枚のシートを重ね合せ、三枚目のシートを額縁状(大きい方のシートの大きさで、中央が小さい方のシートより小さくくり抜いてあるもの)に作り、これを二枚のシートの継ぎ目を隠すように上から貼って三者を張り合せる方式である。この方式をとったときには、外観上は、大きいシートの内側周辺に二条の平行した線によるふちどりが認められることになる。(一条は三枚目のシートの内端縁であり、他の一条は三枚目のシートを透かして見える小さいシートの外端縁である。)

貼着の手段としては、接着剤のほかプラスチックシートを用いた場合には熔着する方法がある。二枚張り合わせたプラスチックシートのノリシロ部分を熔着するのである。

つまり、本願のように一枚のプラスチックシートを折返し、更に三辺の折返し舌部を熔着するという貼着方式は決して一般的なものとはいえなかったのである。

(2)、本件出願を拒絶するに当り、審査官は、乙第二号証の引用例のほかに、「本願出願時既に市販されていたとされる同型のフレキシブルディスク」を職権で入手して、乙第二号証の引用例の写真に写っているフロッピーディスクと「同じ形状をしており、その周辺部の上記帯状凹部に相当する個所で部分的に熔着されている」ことを確かめている。(甲第五号証拒絶理由通知書)

審査官は、この職権により入手したフレキシブルディスクを見ることができたから、引用例の写真に写っているフロッピーディスクは折返し方式を採用したものであり、そのジャケットの周辺の黒い線がジャケット周囲の折返し舌部の縁部であり、また熔着部分であると認めることができたのである。

この様な実物が引用例の刊行された当時に市販されて出廻っていたものとして(甲第五号証では、「本願出願時既に市販されていた」といっているが、正しくは引用例の刊行時とするべきである。本願の出願時といっても、原出願の昭和五〇年一一月八日なのか出願変更時の同五六年三月二六日なのか不明だが。)入手し検分しているからこそ引用例の写真のものの形状構造を折返し方式を採用したものと(両者が同一のものと認めた上で)認識することができたのである。

審決(甲第一号証)もまた、審査においてなした右の職権による証拠調の手続の効力を承継してその上でなされたことは当然である(特許法第一五六条)。

換言すれば、拒絶理由通知書で引用されている職権により入手したフレキシブルディスクの実物は、審決の認定(引用例の写真から本願考案のものは容易に発明できるとの認定)の基礎となっているのである。(ここで忘れてはならないことは、審査・審判段階で職権により調べられたこの実物が、「本願出願時既に市販されていた」ものであるという裏付けは全くないということである。)

(3) これに反して、原判決が出される迄の原審の審理の過程においては、審査、審判手続において判断に供された実物は被上告人側から提出されていない。(このことは、原審において、被上告人が負担していた立証責任を尽くしていなかったことを意味する。)あるのは、引用例の写真だけである。(1)で前述した各種のタイプが出廻っていた中にあって、引用例の写真に写っているフロッピーディスクが本願発明のタイプの様に一枚のシートを折り、更に他の三辺も折返し舌部を有する構造のものか、或は又、等しい大きさの二枚のシートを重ね合わせてそのノリシロ部分を熔着してあるため周縁部分に黒い線が見えるのか、或いは又前記で述べたような額縁方式により二枚のシートが張り合わされたものであるが故に、周辺に黒い線が見えているのか、それとも又、二枚の同じ大きさのシートを接着剤で張り合わせたものに原審で上告人が主張した様に、何者かが故意に黒い線を書き込んだために、(この可能性が依然として存在していることは、(4)で後述する。)不自然な黒い条痕が一部は断続的であるかの様に残っているのか、いずれとも確信に高められたものとしては決しかねるというのが、この不鮮明な写真から引き出すことのできる健全な常識的判断であろう。そうであるのに、原判決は、引用例の写真における「ジャケットの上側及び左側、右側の各周縁には折返しと推認される部分が認められ」るというのである。(傍点は上告代理人)黒い線条が見えるだけで何故に折返し部といえるのであろうか。

この認定は常識を逸脱した認定である。

また、原判決は引用例の右折返しと推認される部分が本願発明における「折返し舌部」に該当すると認定した理由について、

〈1〉「折返しと推認される部分は、その端縁に沿って細い黒線がみられかつ、その部分がジャケット本体よりも厚みを有するように見えるが、一般に舌部が折り返された箇処は重ね合わせのために他の部分より厚みを持つに至ること」

〈2〉「及びこの種の袋状のものを製造する場合に、舌部を形成しこれを折り曲げて貼着するのがごく通常の手段である。」

ことを挙げている(原判決14丁表九行~同裏八行、傍点は上告代理人)が、〈1〉の「他の部分より厚みを持つに至る」のは、舌部の折返しによらなくても前述の額縁方式などであっても同様であるから、「折返し舌部」を認定する根拠となり得ないものであり、〈2〉は、引用例が、当然に「この種の袋状のもの」であることを前提とするが、引用例が「この種の袋状」であることの証拠はどこにも存在せず、右認定は明らかに誤った先入観に基づくもので、いずれも経験則に反し、採証法則に違反している。

(4) 原判決は乙第二号証を子細に検討しても、それが鉛筆等によって修正されているとは認められないという。

しかし果たしてそうであろうか。

乙第二号証の写真中のジャケットの右側の周縁に認められる縦の黒い線(原判決が折返しと推認した部分の端縁)は、ジャケットの中央の丸い開口部の右の孤が画いている黒い線と比べて余りに太く、しかもスッキリとした一本の真直な線には見えない。

もし、この縦の黒い緑が原判決の認定のとおりジャケットの折返し部分の端縁であるならば、その部分がジャケット本体よりも厚みをもつ程度は、中央開口部の丸い円の縁が示す厚みと同じでなければならない。(この丸い円の右側の孤が示す黒い曲線は、その内側に見える中味のディスクがより明るい色であることから鮮明にジャケットの厚みを示す結果となっている。)このことは、中央の丸い円の下方にある細長い開口部の右側の端縁の線についても同様のことがいえる。

これらの線が比較的ハッキリとした線であるのに、原判決が折返し部の端縁という黒い縦の線は余りに太すぎて不自然であり、しかも直線とは認め難い。

このことは、甲第八号証の三(乙第二号証の一部を拡大した甲第七号証の二の拡大写真)をみればより一層ハッキリと判る。同号証の三の示す中央開口部の右側の孤の画く黒い線の幅はどの部分をとっても一貫して約二ミリ程度であるのに対し、その右横に見える縦の線は測る場所にもよるが倍以上に太く約五ミリ幅に見える。

この両者がいずれも同じジャケットの厚みを示す線である(前者は曲線、後者は直線の差はあるが)とは到底考えられない。

光線の当る角度も同じであり、同一ジャケットの表面上の僅か一〇センチも離れていない近距離にある点でも同じ様な条件下にある曲線と直線の二本の線が同一ジャケットのプラスチックシートの厚さを示す断面とその陰の線として写されていると見ることは不可能というべきである。

甲第八号証の三は、修正説を裏づけて余りある証拠ということができよう。

これを無視した原判決には審理不尽の違法がある。(原判決は、自ら折返し部と認めた部分は、「その端線に沿って細い黒線が見られ、かつ、その部分がジャケット本体よりも厚みを有するように見えるが、一般に、舌部が折り返された箇所は重ね合わせのために他の部分よりも厚みを持つに至ること……を勘案すると、右折返しと推認される部分は、本願発明における折返し舌部に該当するものと認めることができる。」と述べている〈原判決14丁表裏〉。原判決は、折返し部がジャケット自体の一枚分の厚みとして見えることに充分気がついていながら、中央開口部及びその下方の細長い開口部において間違いなく見えているガスケットの厚みと比較することを怠ったのである。)

(三)、原判決の前記引用箇処の認定は、採証法則違反と審理不尽によるものであるが、右の認定に立って、原判決は本願発明と引用例記載のものとの一致点に対する審決の判断に誤りはないと判断して冒頭の結論に達したのである。従って、右認定が原判決の結論に影響を及ぼしたことは明らかである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例